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大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)402号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 三尾誠

控訴人 三尾真一

被控訴人(附帯控訴人) 木村常助

主文

原判決中控訴人三尾誠の敗訴部分を取り消す。

被控訴人は控訴人三尾誠に対し、別紙第一目録〈省略〉記載の物件中その一記載の山林につき奈良地方法務局下北山出張所昭和三〇年九月二六日受附第三一〇号をもつて、その二記載の山林につき同出張所同日受附第三〇八号をもつて、その三記載の山林につき同出張所同日受附第三〇九号をもつてなした所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。

控訴人三尾真一の控訴を棄却する。

本件附帯控訴を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じ、控訴人三尾真一と被控訴人との間に生じた部分は控訴人三尾真一の負担とし、控訴人三尾誠と被控訴人との間に生じた部分(附帯控訴費用を含む)は被控訴人の負担とする。

事実

一、控訴人ら(附帯被控訴人三尾誠についても、以下控訴人と略称する)代理人は、控訴の趣旨として「(一)原判決中控訴人三尾誠勝訴の部分を除きこれを取り消す。(二)被控訴人は控訴人三尾誠に対し別紙第一目録記載の物件中その一記載の山林につき奈良地方法務局下北山出張所昭和三〇年九月二六日受附第三一〇号をもつて、その二記載の山林につき同出張所同年同月同日受附第三〇八号をもつて、その三記載の山林につき同出張所同年同月同日受附第三〇九号をもつてなした所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。(三)控訴人三尾真一の被控訴人に対する金三、〇〇三、一三六円の債務の存在しないことを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決ならびに、前記控訴の趣旨第(二)項について、予備的請求として、「被控訴人は控訴人三尾誠に対し、別紙第一目録記載の物件につき所有権移転登記手続をせよ。」との判決を求め、附帯控訴に対する答弁として、「本件附帯控訴を棄却する。」との判決を求めた。

被控訴人(附帯控訴人、以下被控訴人と略称する)代理人は、控訴に対する答弁として「本件控訴を棄却する。」との判決を求め、附帯控訴の趣旨として、「原判決中被控訴人敗訴部分を取り消す。控訴人三尾誠の第二目録記載の山林に関する請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも同控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二、当事者双方の事実上の主張及び証拠の関係は、以下に附加するものゝほか原判決事実摘示と同一であるから、こゝにこれを引用する。

(一)  控訴人ら代理人は、

1  控訴人三尾誠(以下控訴人誠という)が別紙第一及び第二目録記載の山林を被控訴人に対する控訴人三尾真一(以下控訴人真一という)の本件債務のため担保に供し所有権移転登記をした当時、右誠は未成年者(満十八才)で、同人の父である右真一が法定代理人として行つたものであるが、かゝる場合右真一と誠とは利益相反の関係に立つから右真一は右の行為につき代理権を有せず、右行為は無権代理行為として無効である。よつて控訴人誠は主文第二項記載のとおり控訴人真一が親権者としてなした本件所有権移転登記の抹消登記手続を求めるものである。

なお、右無権代理行為を控訴人誠が追認したとの被控訴人の主張は否認する。

2  仮に、右所有権移転登記が有効としても、譲渡担保において債務者が弁済した場合担保に供した物件の所有権の復元に関しては移転登記の抹消登記の方法によるも所有権移転登記の方法によるも妨げないのであるから、別紙第一目録記載の山林につき第一次的請求として抹消登記を、予備的請求として所有権移転登記を求めるものであると述べた。

(二)  被控訴代理人は、

1  控訴人らの無権代理の主張は争う。本件不動産は控訴人真一の所有であつて控訴人誠は単なる登記名義人に過ぎない。

本件山林に関する控訴人ら主張の譲渡契約の実態は、控訴人真一が、その所有に係る山林を被控訴人に譲渡したものであつて、移転登記手続に際し、形式上の右既登記事実に添う必要上、控訴人真一が控訴人誠の親権者として便宜手続を履践したにすぎず、控訴人真一が、真に未成年者誠の所有山林を親権者として自己の債務弁済の用に供したものではないから、本件につき民法八二六条は適用の余地のないものである。仮に、控訴人真一と同誠との間の「真一の負債のために誠が財産を提供する」という契約が利益相反の行為であつても誠の親権者たる真一と第三者である被控訴人間の契約の効力に影響はなく、本件契約は適法な法定代理人によつて締結されて何ら欠くるところはない。

2  さらに、本件山林の真の所有者が控訴人誠であり、従つて控訴人真一の右行為が無権代理であるとしても、控訴人誠は成年に達した後において、本訴を提起し、その請求原因として、控訴人誠は控訴人真一が被控訴人に対し負担する債務のため自己所有の本件山林を右同人のために譲渡担保に提供し、右真一が債務を弁済することを条件として右山林の返還を受けることを被控訴人との間に約したところ、右真一は右債務を弁済し、該債務は消滅したから、被控訴人は右誠に対して所有権移転登記をする義務がある旨を主張しているのであるが、右主張は、右譲渡担保契約の有効なることを前提とするものであることは明らかであつて、すなわち右控訴人は本件訴提起により控訴人真一の無権代理行為を追認したものであると述べた。

(三)  証拠〈省略〉

理由

一、控訴人真一の債務不存在確認を求める訴については、被控訴人において控訴人ら主張の債務消滅原因を争うけれども、別個に債務消滅原因を主張して結局債務消滅の法律効果についてはこれを争わないので、かゝる場合債務者は債務不存在の確認を求める法律上の利益はないものと解すべく、よつて本訴は確認の利益を欠き却下すべきものであるからこれと同趣旨の原判決は正当であつて、控訴人真一の控訴は理由なく棄却すべきものである。

二、控訴人誠の請求について判断する。

(一)  控訴人真一が、被控訴人との木材取引により同人に対し昭和三〇年八月三一日現在総額金三、〇〇三、一三六円の債務を負担していたこと、控訴人誠が右債務の担保のため同年九月二二日被控訴人に対し同人所有の別紙第一目録記載の計一六筆の山林(以下第一山林と称する)を譲渡し被控訴人は控訴人真一が昭和三一年一二月末迄に右債務を支払うことを条件として右物件を控訴人誠に返還することを約し、昭和三〇年九月二六日第一山林につき主文第二項記載のとおり被控訴人のために所有権移転登記がなされたこと、ならびに、控訴人誠所有の別紙第二目録記載の山林一筆(以下第二山林と称する)につき昭和三二年五月一五日被控訴人のため所有権移転登記がなされたことは、いずれも当事者間に争がない。

もつとも、被控訴人は当審における昭和三七年三月一三日の口頭弁論期日において、第一、第二山林の所有者は控訴人真一にして、同人が右債務の担保に供したと主張し、右自白を取消したことが記録上明らかであるが、成立に争のない乙第三号証ないし第八号証に当審(第二回)における控訴本人三尾真一の供述を総合すれば、前記第一、第二山林は、控訴人真一が二男の控訴人誠に買い与えたもので控訴人誠の所有であり、同人が控訴人真一の前記担保に供したことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はないから、被控訴人の前記自白は真実に合致するものであつて、その取消は許されないものである。

(二)  次ぎに、前記当事者間に争ない事実に、成立に争のない甲第一号証、第二〇号証、乙第一ないし八号証、当審証人野口博の証言により成立を認めうる乙第一三号証の一、二、原審における控訴本人三尾真一の供述(第三回)により成立を認める甲第一〇号証、原審(一、二回)及び当審証人野口博(一部)当審証人木村泰治の各証言、原審(一、二、三回)及び当審(一、二回)における控訴本人三尾真一の供述(一部)原審(一、二回)及び当審における被控訴本人の供述を合せ考えると次の事実が認められる。

控訴人真一は材木商であるが、材木問屋である被控訴人から山林買入資金の前借を受け、これによつて山林を入手伐採し、その材木を被控訴人に売却して、右代金をもつて前借金を決済するいわゆる仕入金契約による取引を継続し、前記昭和三〇年八月三一日現在で金三、〇〇三、一三六円の債務を負担するにいたつた。そこで、被控訴人は昭和三〇年九月頃控訴人真一に対し右債務の決済を請求したところ、控訴人真一は当時他にも負債があつて早期決済が困難の状況にあつたため、訴外野口博を介して右決済方法につき被控訴人と折衝を重ねた結果、昭和三〇年九月二二日右当事者間で、控訴人真一は前記債務を昭和三一年一二月末日までに返済することを約し、右債務の担保として、控訴人誠が同人所有の第一、第二の山林(当時の時価約六〇〇万円相当)の所有権を被控訴人に譲渡するとともに、控訴人真一において、その債務を前記弁済期までに完済したときは、被控訴人より右山林の所有権の返還をうくべき旨を定めて譲渡担保となした。そして、右契約に際し、第二山林の登記済証が不足していたゝめ、第一山林一六筆についてのみ前記所有権移転登記手続が履践され、第二山林については、登記洩れとなつていたが、被控訴人が昭和三二年二、三月頃右事実を発見し、控訴人真一に対し、第二山林一筆につき所有権移転登記を求めたところ、控訴人真一は右申入れを諒承して同年四月頃その登記済証を被控訴人に交付した結果、同年五月一五日その所有権移転登記手続を了した。しかして、右譲渡担保契約当時控訴人誠は未成年者であつたため、控訴人真一ならびに母の三尾雪子両名が親権者として右誠を代理して被控訴人との間に右契約を締結した。前掲証人野口博の証言、控訴本人の供述中右認定に反する部分は信用しがたく、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

(三)  そこで、控訴人らの無権代理の主張についてみるに、前認定によれば、控訴人真一は自己の負担する債務の担保として、未成年者たる子控訴人誠所有の前記山林につき同人を代理して前記譲渡担保を設定したものであるから、右は利益相反する行為に該当し無権代理行為として無効といわねばならない。しかしながら、控訴人誠は既に成年に達した後の昭和三二年七月一五日(この点は前掲甲第二〇号証により明らかである)無権代理人たる控訴人真一が締結した右譲渡担保契約の成立を前提とし、その債務弁済期の未到来を理由に、被控訴人に対する前記山林の処分禁止等の請求訴訟を原裁判所に提起し、右訴訟係属中において、右債務弁済を理由に右山林の返還請求をなすにいたつたことが本件記録ならびに弁論の過程に徴し明らかであるから、控訴人誠は、右の行為によつて、右契約の相手方たる被控訴人に対し暗默にその追認の意思表示をなしたものと認めるのを相当とする。したがつて、控訴人らの無権代理の主張は理由がない。

(四)  そこで、右譲渡担保契約が控訴人ら主張の如く債務不履行の場合、目的物を処分して、その売得金と債務との間に清算を要するいわゆる弱き効力を有するもの(処分清算型)か、被控訴人主張の如く、前記清算を要せず、流質的効力を伴つたいわゆる強き効力を有するもの(流質型)かにつき検討する。

譲渡担保契約において、債務不履行の場合、その弁済充当の態様が前記いずれに該当するかは、該契約当事者の意思により定まるものであること勿論であるが、譲渡担保制度の目的が債権の弁済を確保することにあり、担保物件の取得が直接の目的でなく、譲渡担保契約における担保物件の所有権の移転は右目的のための法技術的な手段に過ぎない点に鑑みれば、特段の意思表示なき限り債権者は期限に債務の弁済なきときは単に担保物件の処分権を取得するにとゞまり、右処分権によりこれを処分して売得金をもつて債権に充当するか、物件を評価して債権との間に清算を行い、剰余あればこれを債務者に返還すべきもの、すなわち、処分清算型の譲渡担保の意思をもつてなされたものと解すべきものである。これに反し、期限に債務の弁済なき場合には当然に担保物件の所有権が債権者に確定的に帰属し、その価格と債務との間に清算を要しないところの効力を有する流質型の譲渡担保契約であるためには、特にその旨の当事者の意思が存在することを要するものと解する。これを、本件譲渡担保契約についてみるに、前段(二)掲記の諸証拠によれば、右譲渡担保契約が成立に至るまでの当事者間の交渉の過程ならびに右契約成立時において、期限に債務の弁済なき場合の担保権実行の方法に関して明示の意思表示がなされなかつたのみならず、むしろ、右契約当初より控訴人真一において右期限までの弁済は容易でないとの意向が示されていたので、被控訴人もこれを容れて右期限までに完済できないときは、さらに、当事者間でその弁済方法につきあらためて協議する旨の特約が成立していること、控訴人真一は前記弁済期経過前より右特約に従い、野口博を介して被控訴人に対し期限の延期を申入れる一方、期限後の昭和三二年一月中頃右野口を通じ被控訴人に対して本件山林を自ら処分換価して債務を清算したい旨を申入れたところ、被控訴人は、右換価代金が確実に入手できる方法が構ぜられるにおいては、右申入れに格別異議のない旨回答していること、さらに被控訴人が本件担保物件提供を受けるについては、その所在や価格につき正確な調査をなさなかつたことが認められ、これら諸事情を勘案すると、本件譲渡担保契約は債務の弁済なき場合に該物件の所有権を債権者に終局的に帰属せしめ、それによつて本件債務を当然に消滅させる趣旨のものであつたと認めることはできない。

もつとも、前記証人野口博の証言及び控訴本人三尾真一、被控訴本人木村常助の供述によれば、本件担保契約は、奈良県、和歌山県、三重県一帯において材木取引業者間の債務決済につき行われている通称「売り権」と呼ばれる慣行にのつとつてなされたものであり、右「売り権」なる慣行は、債権担保の目的で山林所有権を債務者より債権者に譲渡し、期限内に債務の弁済あるときは右所有権は債務者に復帰する趣旨のものであつて、山林についての譲渡担保契約と解しうるものであるが、右「売り権」の慣行が債務の弁済なきときは所有権は確定的に債権者に帰属し、物件の価格と債務との間に清算を要しない、いわゆる流質型の譲渡担保に該当するとの点にいたつては、これに副う前掲証人野口博の証言は未だ当裁判所の心証を惹くに足らず、他にこれを肯認するに足る資料はなく、本件譲渡担保契約成立前後の前記事情にてらすと本件が前記「売り権」なる慣行によつたとしても、これをもつて流質的効力を伴う譲渡担保と認定することはできない。

従つて、本件譲渡担保契約は担保権実行方法につき、当事者間に明示の意思表示なき場合に該当するから、債務不履行のときは、債権者において前記清算を要するいわゆる弱き効力を有するにとゞまるものと認めるのが相当であり、他に右認定を覆えすに足る証拠は存在しない。

(五)  ところで、前記いわゆる清算処分型の譲渡担保においては、債権者が物件の換価処分に着手するまでは、債務者は債務を弁済し、物件の返還を請求しうるものであるところ、控訴人三尾真一が被控訴人において本件担保物件の換価処分に着手しない以前の昭和三三年三月一〇日奈良地方裁判所弁護士控室において被控訴人に対し債務の履行として金三、〇〇三、一三六円を現実に提供したが、被控訴人が受領拒絶したため、同月二二日和歌山地方法務局新宮支局に弁済供託し、さらに右金額に対する昭和三二年一月一日以降同三三年三月二二日まで年六分の割合による遅延損害金として金二一九、六五八円を被控訴人に現実に提供したが受領を拒絶されたので、昭和三四年一月五日同支局に弁済供託したことは当事者間に争がない。

しかして、譲渡担保契約において、債務者が弁済により債権者に対し目的物件の所有権の返還を請求する手段としては、所有権移転登記の抹消を請求するか、あるいはその移転登記を請求するか、いずれの方法によるも差支えないものと解せられるので、控訴人三尾誠の被控訴人に対し本件第一山林につき主文第二項記載の所有権移転登記の抹消を求める請求、ならびに第二山林につき所有権移転登記を求める請求は、いずれも理由がある。

三、しからば、控訴人誠の本件控訴は理由があり、被控訴人の附帯控訴は理由がないから、これを棄却する。

よつて、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 沢栄三 斎藤平伍 中平健吉)

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